ポケモンの歴史を紐解く(後編)2006-11-25 Sat 20:06
ナンコツ
「後編です。前編を読んでいない人は、前編を読んでから目を通してほしいですね。」 シャルオン 「もうすぐ俺達の出番だぜ!」 ナンコツ 「いや、悪いけどお前らの時代はあんまり触れないから。」 リザリーフ 「何?!(スッ」 シャルオン 「てめー、ふざけんな!」 ナンコツ 「おい!地震とリーフブレードの構えを取るなって!ルビサファダイパは誰もが知ってる時代なんだから仕方ないだろ!」 リザリーフ 「それも・・・そうか。」 完成された戦術、金銀 任天堂にとって発売初週は大誤算だっただろう。このころ、ちょうど台湾大地震が起こってしまい、出荷台数が大幅に少なくなってしまったのだ。そのため相方のポケットピカチュウカラーと共に市場枯渇が大きく、予約しなければ入手困難であった。 この事件がなければ、もう少し売り上げは伸びたかもしれない。 新シリーズに入り、大きく設定が変更された。このシリーズの設定は後のルビサファ、ダイパへと脈々と受け継がれている。 まずはタイプ。悪と鋼が追加された。しかもこの2タイプはエスパーに強く、さらにゴーストも正式にエスパーの弱点を突けるようになり、エスパー全盛の時代は幕を閉じた。 次にタマゴ。ついに、バージョンの区別なく最低レベルのポケモンが手に入るようになったのだ。本来は努力値が関係するのだが。さらにタマゴ技も増えたため、戦術がより奥深くなった。 続いて持ち物。このシリーズで初めて道具を持てるようになったのだが、使われたのは食べ残しや光の粉、先制の爪、はっかの実(カゴと同等)、奇跡の実(ラムと同等)、麻痺治しの実、ピントレンズ、気合いのハチマキなどどれもパッとしなかった。 そして技の効果も大幅に変更された。噛み付くが悪になったり、捨て身タックルの威力が120になったり、岩雪崩に3割のひるみ効果がついたり、一撃技がレベルに依存するなどさまざまだ。 さらに特定の状況でパワーアップする技も増えた。日本晴れ中は無充填のソーラービーム、小さくなるを使った相手には2倍のダメージを与える踏み付け、穴を掘っていると2倍のダメージになる地震など。 黒歴史の代表格吹雪と影分身は、吹雪は氷120、命中70の大技になり、影分身はポケスタ1と2を足して2で割った程度に落ち着いた。 特殊が特攻と特防に分かれたのもこの頃。特防の値が異常に高いヤツとか特攻が低いヤツとか色々個性があった。色違いが出たのもここから。他にも色々あるが、とにかく後の設定はこの金銀から受け継がれていたのだ。 だが、当時の私はある程度やりこんだらすっかり引退ムードとなっていた。細々とはやっていたが、他にも面白いゲームが多かったからだ。ドラクエとかFFとかゼルダとかその他モロモロ。 インターネットもなかったため、この時代に完成された役割理論や種族値努力値を知ることはなかった。 なのでほとんどの状況は64マリオスタジアムとニンテンドースタジアムでしか分からない。 まずは64マリオスタジアムカップ。この時伝説と道具重複ありの97年ルールが採用された。最後のポケモンの滅びの歌を禁止するなどルールも金銀に対応させている。 続いてポケモンスタジアム金銀、クリスタル版の発売から始まったニンテンドウカップ2000。これは伝説と道具の重複は禁止。他は上記と同様だ。 64マリスタカップはホウオウ、ルギアが使用可能のためハイレベルバトルが多かった。ルギア相手にワタッコを出して血迷ったかと思いきや、先制眠り粉で眠らせたり、サンダースには相性の悪いカビゴンを吠えるで入れ替えさせたりなどである。 ニンテンドウカップ2000では、手始めに往年のニンテンドウカップ出場者がエキシビジョンマッチを行った。この模様はニンテンドースタジアムでしか知ることは出来なかったが、ハイレベルなバトルが多かったらしい。 中でも最も感心したのがこの戦術。 身代わり→電磁波→吠えるである。 これで対戦相手のポケモンを全員麻痺状態にしてしまったのだ。 当時の努力値は特化という概念がなく、均等に振り分けられたためサンダースも打たれ強かった。そのために通用した見事な戦術であった。この戦術を披露した人はなんと97カップで活躍した女性!しかも17歳!女性トレーナーも探せばいるものだ。彼女の弟もこれまた相当な実力者らしい。なんだこのポケモン家族ww今ではポケモン界から一線を退いているだろうが、もし続けているならきっと相当な上級者であろう。是非教えを請いたいものだ。 で、本選のほうだがよく見たのはカビゴン、カイリキー、ヘラクロス辺り。後は97、98カップのポケモンが色々。金銀ポケはあまりなかったが、特にヘラクロスは新参者ながら大いに活躍していた。 で、決勝戦の最後なのだが・・・最初の辺りはとても白熱していた。が、最後にかなり盛り下がる展開で幕を下ろした。 堪える→先制されるも気合いのハチマキ発動→起死回生3タテ めっちゃ理不尽だよ!(`Д´#) 当時はすごいと思ったが、今考えたらこれほど落ち込む試合はないだろう。あれだけやっといてこれで決着かいorz そしてGBAが現れ、GBAの売り上げを確かなものにするため、万を持してルビサファが発売されたのだった。 完成された個性、ルビサファ この頃、ゲームフリークは任天堂から(株)ポケモンに独立した。まあ、任天堂であることに変わりは無いので任天堂と同類と見てもかまわないのではないだろうか。 私は受験期に入り、卒業寸前で購入という驚くべき遅さでルビサファに入った。 なかなかバトルタワーで勝てず、周りでもポケモンをプレイする人はいないため、氷河期に達していた。ポケコロにも関心は持てず、ヒマがあればプレイする程度になっていた。 しかし、高校2年生の頃に事態は急変した。ポケモン好きの親友との出会いだった。 彼から努力値や種族値のことを教えてもらい、私は急速にポケモンに興味を持ち始めた。 さらに受験期になってインターネットが入ってきたため、私はポケモンの情報を一心不乱に集め続けた。 掲示板に書き込んだり、突っ込まれたり、感心されたり。私の中のくすぶっていたポケモン熱が一気に燃えたのだった。 努力値は今回で大幅に改正された。いわゆる510型にシフトしたのである。性格補正までつき、拘りハチマキが現れて受けがやりづらくなった。 他にも特性が追加され、マイナーポケモンでも特性次第で活躍できるようになった(例:マリルリ、ギャラドス)。 さらにダブルバトルという新しいタイプのバトルも追加された。シングル以上に考えることが多く、より戦略的だ。 あえて例えるなら、 コンピュータのような正確な戦術が要求されるのがシングル。 シミュレーションゲームのように大局を見る戦術が要求されるのがダブル。 だろうか。 そしてルビサファには久しぶりに実戦向けのポケモンが多数収録された。 ファーストポケモンを筆頭にボーマンダ、メタグロス、ミロカロス、トドゼルガ、テッカニン、サマヨール、ルンパッパ、ケッキング、サーナイトなど。伝説もラティ兄妹とグラードン、カイオーガ、レックウザ、レジアイス、デオキシス辺りが強い。 さらにルックスに定評のあるポケモンも多数登場した。しかも、これらは立ち回り次第でメジャーを落とす実力があるため、より個性が重要な時代となった。 ルビサファの戦略は金銀に劣るとか昔の方がよかったと言う人がいたら、さっき語った当時の歴史を見てほしい。個性もクソもない勝つための戦術しかなかった時代なのだ。そう考えたら、私はルビサファ時代の設定は間違ってはいないと信じている。 まあ、後はいろんな人が知っている通りの時代となるのである。この辺りの時代は他サイトでも多く語られているだろう。この頃は机上論者だったので私が語ることは特にない。 新たな時代、ダイパ 『究極のポケモン』と銘打って発売されたDSソフトダイヤパール。当時からDSは注目度が高く、市場枯渇が著しい。まだ供給が安定していない時に、こんな注目度抜群のメガヒット作を売り出すとは・・・・・・。任天堂のとったこの決断は無謀と取れるか勇気と取れるか。 で、結果はやっぱり大当たり。わずか2ヶ月で295万本売り上げというゲーム氷河期には考えられない怪物的記録を叩き出した。ぽけもんすげー。 今回はエメラルドの設定を踏襲し、さらに新技や新道具、新ポケモンと続々と新しいものを生み出した。さらに催眠術の命中率が何故か70%に補正され、催眠ゲンガーがこれまでにないほど横行し始めた。催眠暗黒期だ。だが、個人的には催眠術を活かせるのはゲンガーくらいじゃないかと思うのだがどうだろう。 まだ役割理論などは定まっていない未開の地だ。私はコレが発売されるまで知識を吸収していたわけだ。その理由はもちろん、誰もが同じスタートラインに立つと思ったからだ。 これは、中学の英語と似ている。誰もが初めてのことを学ぶため、頑張り次第ではトップに立つ可能性があるのだ。 ダイパも同じ。ルビサファの上級者もダイパで理論が覆されて慌てているだろう。そこへ新規プレイヤーが進撃し、一気にトップに君臨するチャンスなのだ。 こうして振り返ってみると、ポケモンはやはり『集める』よりも『競う』ことが重要と考えられる。 対戦はもちろん、コンテスト、高さ比べ、色違いの数などなど。キクコさんをリスペクトしているわけではないが、『ポケモンを集めているようじゃだめだ!ポケモンとは戦わせるものなのさ』というセリフは真理だと考えられる。 なんだか悪名高きアメリカの資本主義経済のようだが、やはり発展と繁栄は競争によってもたらされるのだろう。皮肉にも日本がそれを証明してしまった。 これからもポケモンは『競う』ものであり続けてほしい。そして誰もが頂点になれるチャンスをこれからも作ってほしい。もし、ポケモンから『競う』要素が失われた時・・・このポケモンブームは一瞬で終わるだろう。 ナンコツ 「ふう。いかがだったかな。このような超長文駄文が何かの参考になれば幸いだ。」 リザリーフ 「なかなか興味深いな。やはりポケモンは子どもの遊びじゃない。」 シャルオン 「むしろ、ドンドン子どもの遊びから離れてる気もするよな。wifiとか。」 ナンコツ 「そうだねー。でも、こうやって社会のマナーっつーか、そういうのを学べればそれもいいんじゃない?」 リザリーフ 「さて。更新も終わったことだし。さっさと6VS6のメンバーを孵化して来い。」 シャルオン 「あと、バトルタワーも頼むぜ。腕がなまって仕方ねえ。」 ナンコツ 「あ〜、大変だなぁ・・・・・・。」 リザリーフ 「そういえば、なぜナンコツ君の選ぶファーストは草ばかりなんだ?」 ナンコツ 「あ、それはね。ポケスペがきっかけだね。フシギバナと共に戦っていくレッドを見て、『フシギバナかっこいいなあ』って思って。それで金銀が出たときもチコリータを迷わず選んだ。キモリもナエトルももちろんそうさ。ファーストの選定理由はいつしか自分のこだわりになったね。」 リザリーフ 「・・・・・・っ。」 シャルオン 「うっ・・・・・・管理人さん・・・・・・。」 ナンコツ 「ホレ。ムダに長くなっちゃったからさっさと締めようじゃないか。」 リザリーフ 「そうだな・・・・・・。」 シャルオン 「・・・じゃあ力いっぱい叫んでおくか!」 ナンコツ&リザリーフ&シャルオン 「皆さん、ポケモンの歴史を紐解くを読んでいただき、ありがとうございました!」 ↓このブログが気に入ったら、クリックしてみてくださいw ランキングで投票されます。 ![]() テーマ:ポケットモンスターダイヤモンド&パール - ジャンル:ゲーム |
この記事のコメントどうも、サマヨッタです。
思えば、私の本好きはポケモンから始まったんですよね。 当時幼稚園生だった私は、とても本が嫌いでした。 母に毎晩読み聞かせてもらったものですが、全然面白くなく暴れたりしたそうです。 しかし、一冊の本が私を変えました。 それが『ポケモンの攻略本』でした。 漢字だらけの500P以上にも及ぶ攻略本でしたが、たちまちのうちに虜になった幼稚園年長の私は吸い付くように読みました。 今でも、母に漢字の読みを聞いていた光景を覚えています。 それからというもの、片っ端から本を読み漁り始めました。 思えば、もしかするとあの攻略本は『私のきっかけ』だったのかもしれません。 今の性格もその過程で形成されてきたものだと思いますし。 で、例の攻略本はところどころページ紐が切れ、ぼろぼろの状態ではありますが大切に保管しています。 死ぬまでずっと取っておくつもりです。 多分、あれは今の私の持ち物のなかで最も大切なものの一つでしょう。 あー、書いてたらまた読みたくなったw そういえば、トランセル種市さんは出世して(?)ニンドリから抜けました。 今じゃ毎日コミュニケーションのお偉いさんになっているとかいないとかw
2006-11-25 Sat 23:33 | URL | サマヨッタ #fci/PL8k[ 編集]
こちらでは初めまして。。。
以後宜しくです。 >ニンテンドウカップ2000 http://www.youtube.com/watch?v=q88pbJlOicA ↑ですか。 これは・・・ある意味素晴らしい戦いでした。 近年、ここまで白熱した戦いはあまり見かけません。 以前は どくどく・宿木の種・メガドレインで戦っていた記憶があります。我ながらせこかった。 ・・・ルビサファ頃までは、普通に厨ポ・・・いえ、実践で強いポケモンばかり使ってました。 HIRO'Sの馬齢さんの影響かな・・・ 何時の間にかカモネギ狂になっていた。 そこから、エイパム等育成していったのですが・・・ 畜生!エイパム育てなおしかYO!(意味不明 あれ?そういえば私は3歳の頃に緑をプレイしたんだっけ(汗 今振り返れば懐かしい事ばかりですね。 当時は・・・あれ?やっぱりおしょうばっかり使っていた記憶がorz
2006-11-26 Sun 12:09 | URL | 黒光 #WV4V227M[ 編集]
>サマヨッタさん
やる気があるとどんなものも突破できますね^^; 普段の生活に活かせないのはやる気がないから。 種市さん、そんなことになってたんですか!知らなかった・・・。 >黒光さん >ニンテンドウカップ2000 あんまり覚えてないですけど、なかなか白熱した試合だったことは覚えています。 >おしょう 三歳の頃からおしょうリスペクトwww カモネギもあなどれないと思いますけどね。堪えるとじたばたや剣舞or高速移動が使えて、タイプ一致ですし。今は襷もありますしね。 僕は赤緑青ピカチュウには目もくれず
一応金銀から始めたが その頃の友達そそのかされ 弟とのトラブルからその頃の記憶はトラウマに しかし中学に入って一番の友達と出会い その友達がポケモンやってたからその影響で サファイアをはじめることに。 そしたら猛烈なはまりっぷり。 そして現在に至ると 暴れるサマヨッタさん・・・ 今のサマヨッタさんからは想像も出来んな・・・ 僕もHIRO’sに来るまでは ボーマンダメタグロス万歳な人でしたが 鴎さんのキャモメにボーマンダが一蹴されたときに そりゃあもう微妙な気分に・・・ それからはマイナーだって使いますよ。トリデプスとか
2006-12-01 Fri 16:59 | URL | アーマルドシュワルツネッガー #4s1UClxU[ 編集]
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64マリオスタジアム64マリオスタジアム(ろくよん - )は1996年7月4日から2000年9月28日までテレビ東京系列で任天堂ゲーム機関連のゲームソフト情報バラエティー番組。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Ar …
2007-07-30 Mon 08:51 ゲームっていいね
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